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トヤマビルについて

代表取締役 戸田 和孝

関わってきたすべての人を信じ、
このビルを大切に守り続けていくことを
選びました。

一番古い本館は、昭和26年に建てられました。トヤマビルの創業者である祖父から父が引継ぎ、さらに私で三代目となります。
大阪には、今でも古いビルが多く残っており、それだけでも、この地が戦後の日本を支え、西の経済の中心だったことが伺えます。
この堺筋本町界隈にも、レトロなビルがたくさんありましたが、現在はそのほとんどが建て直しされ、残念なことに、当時の面影を一部に残すのみとなっております。
時代の流れに合わせ、このビルを、取り壊し、 建て直すという選択肢もありました。ですが私は、このビルを大切に守っていくことを選びました。
私がトヤマビルを引継いでから30余年。 これまでトヤマビルに関わる多くの方に出会いました。
その方たちが皆、トヤマビルを 「自分のビル」 として大切に育て、 守っている姿を間近で見てきました。
ビルを受け継ぐということは、先人の想いも受け継ぐことだと思います。
これまでビルに関わってきた方、ここで働いていた人々を信じ、安心安全な環境の提供と時代とのバランスを配した設備の充実を図りながら、これからも「トヤマビル」 で在り続けたいと思います。

取締役会長 戸田 孝

創業者である父の教えを 今に残すビル。

このビルの名付け親は、伊藤忠兵衛さん(二代目)なんです。
かねてから父と親交のあった伊藤さんが、創業者である父の出身地・富山県にちなんで、「トヤマビル」と名付けてくださいました。
父は18歳まで富山で育ちましたが、実父が借金を残して亡くなってしまいましてね。家族を養うために、父はたった一人で大阪へ来ました。
たまたま入社した先が「工務店」だったもんですから、建築現場の見習いやら設計製図の手伝いやら、まったく一から出発だったようです。
そんな父の夢は、「いつか、大阪のど真ん中に自分のビルを建てたい」。トヤマビルが完成したのは、56歳の時でした。
父は18の時からずっと大阪にいましたが、気質は「富山県民」のままでしたね。コツコツ真面目な努力家で、贅沢をようせん人でした(笑)そんな父から私が学んだのは、「お客様第一」の経営哲学。日頃から「お客様から理不尽な利益をもらってはダメだ」「誠実であれ」が口癖だった父は、今でも私にとって誇りです。父から受け継いだこのトヤマビルをこれからも大事にしていきたいなぁと思いますわ。

歴史~あゆみ

歴史~あゆみ

あゆみ続けるために

メンテナンス部 部長 吉川 平八郎

この道40年の「生き字引」

20歳の時、新聞にあったこのビルの求人広告を見て応募しました。こんなに長くお世話になるとは思いませんでしたね(笑)
当時はまだ、本館と新館だけで、中央館の場所には、3階建ての古いビルが建ってました。入社した当初はボイラーマンでしたが、そのうちに、電気関係の免許を持ってる先輩からいろいろ教えてもらったり、修理に来る水道屋さんに付いて回りながら、「ここはこうするんやな」とか、見よう見まねで仕事を覚えていったんです。

戦後の復興の先駆け

あの当時は、まだそんなに大きなビルは無かったですね。だから「うちのビルだけ、なんやデカイなぁ」って思ってました(笑)でもそのうちに、この辺りにもビルが建ち始めましてね。ただ…、うちのビルと同じ「集中式の冷房」を導入していたビルは、今ではもうほとんど建て替えてると思います。
テナントさんもいろいろでしたね。僕が入る前には、京都銀行さんが入ってて、そのあとにチャータード銀行さん。泉州銀行さんのあとに岩手銀行さん。不二製油さんもあったなぁ…。
確かにレトロなビルですが、戦後の近代ビルの先駆けやったと、誇りに思っています。
戦後の復興前から、ずっとここでやってきましたからね。

「管理」ではなく、「守り」

僕がしているのは、「ビルの管理」というよりは、「ビルの守り」ですね。
長い付き合いやし、この建物の足の先から頭のてっぺんまで、わかっているつもりです。「ここ、こないなったら、あそこ攻めたらええな」っていうのは、だいたいわかります。たまには勘違いもありますけど(笑)
機械で集中管理する今のビルと違って、古い分、手間もかかりますし、厳しいところもいっぱいあって、テナントさんにご迷惑もおかけしてると思います。だからこそ、機械さわったら済むようなところも、人が動く。
それがこのビルの良さやと思っています。

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互光建物管理(株)山本 美香さん

レトロだからこそキレイを保ちたい

赴任する前は「レトロで、トイレが多いビル」と聞いていたので、正直不安でした。でも今は、とても愛着があります。歴史あるビルだからこそキレイを保ちたいですね。
私は毎朝、まず最初にエレベーターホールを掃除しています。ビルの玄関ですからね。キレイにして、テナントさんをお迎えしたいんです。朝6時半から掃除を始めますが、早い方で7時半頃出勤される方もいます。「朝から大変やね」とか、「いつもご苦労さん」とか、声をかけてくださるテナントさんが多いですね。
そんな時は「あ、見てくれてはんねんな」ってうれしくなります。

掃除をしながら「ビル診断」

お掃除をしながら、特に気をつけているのが、「安全性」です。
このビルを訪れる方の安全を守ることも、私たちの役割だと思っています。例えば、階段のタイルカーペットがはがれかけていたら、女性がヒールをひっかけて、ケガをされるかもしれない…。
少しでも気になることがあれば、どんなに細かいことでも、すぐビル事務所の方に報告するようにしています。

ビルを支えるチームの一員

オーナーさんをはじめ、事務所の方も、みなさん、お優しいですよ。
「体調大丈夫ですか?」とか、「忙しいそうだけど、ここの清掃、行けますか?」とか、しょっちゅう声をかけてくださいます。だから、いろんなことを躊躇せずに相談できますね。誠実に対応してくださいますし、とても信頼しています。
以前、溝の掃除をするのに、鉄板のフタが重くて、女性の力では大変だったことがあるんですが、「鉄板が重たいので切っていただくことできませんか?」と相談したら、「うちは建設会社ですから、道具も揃ってますし」とすぐに対応してくださいました。
最新のビルではありませんから、みんなで協力しないと支えられません。チームワークで、トヤマビルをキレイにしていきたいと思います。

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